大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)488号 判決 2000年2月29日

控訴人

岩本年弘

右訴訟代理人弁護士

福永滋

滝田誠一

鈴木良明

柘植直也

被控訴人

愛知県司法書士会

右代表者会長

松崎定守

右訴訟代理人弁護士

籏進

加藤倫子

鈴木誠

森田尚男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人が当審で拡張した請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成六年六月一日に施行した愛知県司法書士会会則第二一条及び別紙第一第四項に基づく事件数割会費の支払義務が控訴人に存在しないことを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、四二三〇万八〇〇〇円及び内金一八五二万三〇五〇円に対する平成七年一二月一四日から、内金五九八万六七五〇円に対する平成八年六月一日から、内金六〇一万三三五〇円に対する平成九年六月一一日から、内金六〇二万三八五〇円に対する平成一〇年八月八日から、内金五七六万一〇〇〇円に対する平成一一年七月一四日から、それぞれ支払い済まで年五分の割合による金員を支払え(内金五七六万一〇〇〇円及びこれに対する付帯請求は、当審で拡張した請求である。)。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示(原判決四頁二行目冒頭から同六一頁初行末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一二頁九行目「別団体形成」を「別団体結成」と改める。

2  同二八頁九行目末尾のあとに「平成一一年七月一三日に平成一〇年度分の事件数割会費五七六万一〇〇〇円を、」を付加する。

3  同二九頁三行目末尾に「又、平成一〇年度分の支払いについては、異議を止めた支払い通知をしていないが、本件訴訟を維持しながら右支払いをしたのであるから、異議を止めているものというべきである。」と付加する。

4  同二九頁九行目「三六五四万七〇〇〇円」を「四二三〇万八〇〇〇円」と改める。

5  同三〇頁二行目「平成一〇年八月八日から」を「平成一〇年八月八日から、うち五七六万一〇〇〇円に対する平成一一年七月一四日から、」と、同四行目「請求の趣旨に対する答弁及び被告の主張」を「請求原因に対する認否及び被控訴人の主張」と、それぞれ改める。

6  同四二頁初行「調整」を「調製」と改める。

二  控訴人の当審における主張

1  結社の自由違反

憲法二一条一項は、結社の自由を重要な基本的人権のひとつとして保障しているところ、結社の自由は結社しない自由(消極的結社の自由)を内包しているものとして理解されている。

被控訴人は強制加入団体であり、愛知県内で司法書士を開業しようとする者は被控訴人に強制的に加入することが定められている。被控訴人のような強制加入団体が消極的結社の自由の例外として憲法上許容されるためには、司法書士の業務それ自体が、高度の専門技術性、高度の公共性をもち、右性格を維持確保するための措置として必要があって、被控訴人の目的及び活動範囲が、会員の職業倫理の確保と事務の改善進歩を図る点に厳格に限定されなければならない。個々の会員の生活の安定、福祉のごときは、個々の会員の自主的努力でなすべき事柄であって、司法書士会がなすべき司法書士の品位の保持とは全く無関係の事柄である。それにもかかわらず、被控訴人が、共済制度の運営のために特別会費を支出することは、控訴人の結社しない自由を侵害するものである。

2  強制加入団体における厳格な平等原則の必要性

被控訴人は強制加入団体であって、その会員として司法書士の仕事を続ける限り、被控訴人からの脱会の自由もなく、別団体結成の自由も否定されている。又、被控訴人の存立目的は、司法書士の品位保持、その業務の改善進歩を図るため、会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とするもので(司法書士法一四条二項)、司法書士間の収入の格差を是正したり、経済的に困窮した司法書士を救済することにあるものではない。被控訴人の右性格、目的からすれば、司法書士会の会費は、構成員たる司法書士が司法書士会に対し同一の権利を有し、同一の義務を果たすという観点から、形式的平等を厳格に貫いて頭割による定額会費とすべきである。

3  目的の不合理性について

(一) 事件数割会費を新会館建設のために使用することの不合理性

被控訴人が団体としての規模に応じた事務所等の物的施設を備える必要があり、会費によってその費用を賄うのは当然であるが、そのことから直ちに、被控訴人の新会館建設のために事件数割会費を使用することが正当化されるものではない。なぜなら、被控訴人の新会館は被控訴人の団体としての規模からみて不適切で無用な施設である上、新会館から得ることができる利益は全会員とも同じであるから、その負担も全会員同一であるべきであって、会員間に極端な多寡のある事件数割会費を充てることは、極めて不合理である。

(二) 事件数割会費を共済制度運営のために使用することの不合理性

共済制度は助け合いの精神に基づくものであるから、本来任意に加入すべきものであり、被控訴人のような強制加入団体が強制的に徴収する会費で運営すべき事業ではない。

又、共済制度は会員の福祉の増進を図るものであるところ、被控訴人の共済制度から受ける利益は全会員とも同じであるから、その資金の負担も平等であるべきである。したがって、このような制度を運営する目的で事件数割会費を使用することに合理性はない。

(三) 事件数割会費を連合会への拠出金のため使用することの不合理性

連合会の事務所の建設と研修事業等の活動のために被控訴人がその負担分の支出をすることは当然であるけれども、右から受ける会員の利益は同一であるから、負担額に多寡のある事件数割会費をその支出に充てるのは不合理である。

4  手段の不合理性について

(一) 適用事件の選択の不合理性

所有権移転登記申請義務者の保証業務、公正証書作成代理業務、同立会業務等の、司法書士の法定業務(司法書士法二条一項)に関する付随業務は、事件数割会費制度の非適用事件とされている。しかし、その件数は司法書士の業務の中でかなりの比重を占め、業務内容も多岐にわたるので、これを非適用事件とし、法定業務の一部だけを取り上げて適用事件とするのは不合理である。

(二) 事件数の把握の不可能性

被控訴人には会員の正確な事件数割会費の適用事件数を把握する制度がない。被控訴人は、事件簿、業務報告書と取扱事件明細表に基づいて適用事件数を把握するとしているけれども、これらは会員の報告にすぎないし、会員の申告の正確性を担保するために行う名古屋法務局管内の法務局での調査も不十分なものである。現に、被控訴人は、平成一一年一月に至って漸く、平成七年度分ないし平成九年度分の事件数割会費の未納者に対する調査を実施した有り様である。

被控訴人が適用事件数を把握できないことは、事件数割会費会計収支決算書によっても明らかである。すなわち、被控訴人印紙台紙規則七条は、「特別会費の収支は、特別会費会計をもって管理し、」と定めるが(乙七)、平成七年度における事件数割会費会計収支決算書(乙二二の1)の収入の部に記載されている、「事件数割会費」二億六〇六五万四一〇〇円は、摘要欄に記載されているように、会計年度中の印紙台紙、証紙の売上代金をそのまま記載したものであって、被控訴人の会員が支払うべき事件数割会費(三五〇円×摘要事件の受託件数)ではない。同様に、平成八年度における事件数割会費会計収支決算書(乙二四の1)の収入の部に記載されている「事件数割会費」二億二二七〇万六七五〇円も、会計年度中の印紙台紙、証紙の売上金額をそのまま記載している。

5  結果の不合理性

処理事件の内、適用事件数と非適用事件数の比率は、会員により大幅に異なり、会員間の著しい不平等を来している。又、事件の種類等によっても報酬単価にばらつきがあり、個々の会員がどのような依頼者層を有し、どのような事件を主に手掛けているかによって、事件一件の平均報酬は著しく異なり、事件数と報酬は比例しない。したがって、適用事件数に比例した会費を課す事件数割会費制度は、会員間に不平等を来す不合理なものであることは明らかである。

三  控訴人の前記主張に対する被控訴人の認否

被控訴人の主張はすべて争う。

第三  争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人の本件請求(当審で拡張した部分を含め)は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示(原判決六一頁五行目冒頭から同一二一頁一〇行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。控訴人が当審において提出した甲三〇、三一、三二の1、2、三四ないし三九によっても、右認定、判断を覆すに足りず、他に、右認定を左右するに足る証拠はない。

1  原判決六一頁六行目「原告の」を「控訴人による平成四年度分から平成九年度分の」と改め、同七行目末尾のあとに次のとおり付加する。

「又、平成一〇年度分の右同会費の支払の事実については、被控訴人は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。」

2  同七三頁二行目及び同四行目の各「金 円」を「金〇円」と改める。

3  同八一頁六行目「裁判事務」を「訟務」と改める。

4  同八二頁末行「当別会費制度」のあとに「(原判決添付別紙(三))」と付加する。

5  同八三頁二行目「四五〇円である。」を「四五〇円であり、一件につき、一〇〇円未満が八会、一〇〇円以上二〇〇円未満が一九会、二〇〇円以上三〇〇円未満が一六会、三〇〇円以上四〇〇円未満が被控訴人を含み五会、四〇〇円以上が二会(四〇〇円、四五〇円)である。」と改める。

6  同八四頁二行目「六〇二万三八五〇円を支払った。」を「六〇二万三八五〇円を、平成一一年七月一三日に平成一〇年度分の事件数割会費五七六万一〇〇〇円をそれぞれ支払った。」と改める。

7  同一〇六頁六行目「のであるが、」のあとに「右復代理事件についても事件数割会費制度を適用すると、一件の事件につき二重に右会費を徴収することになって不相当になることを考慮し、」を付加する。

8  同一〇六頁八行目の末尾に改行して、次のとおり付加する。

「④ 控訴人は手段の合理性につき、同じく法定業務のうち、件数からすれば、約三割余に及ぶ非適用事件を放置することの不合理及び一個の法定業務に少なくとも二個はある附随業務を放置することの不合理性を主張するけれども、先に認定したように各会員が、司法書士法二条、司法書士報酬規定及び被控訴人会則によって報告義務を負っている業務報告の内容を本件事件数割会費適用事件の内容と対比して判断すれば、結局被控訴人は各会員の作成する事件簿、右業務報告書、取扱事件明細表によって事件を把握せざるをえないところ、事件数割会費制定の目的を満足させる限度で、かつ最も明確に事件を定めようとする見地から適用事件の定めがなされたものと認められ、右手法は相当なものと認められる。そうしてこの見地からすれば、控訴人の主張する法定業務とはいえ、もともと件数を正確につかむことも先の方法からすれば容易ではないにもかかわらず、報酬額の比からすれば、微小にすぎないものを法定業務の内から非適用事件として排除し、又基本たる法定業務を算定の対象とした以上、仮にこれの倍あるとしても附随業務を対象にすることは、重複して会費を徴収する結果を惹起することにもなり、これを避けた方法は相当と認められる。

そうすれば、一律平等ともいうべき控訴人のこの点の主張は採用できない。」

9  同一〇七頁五行目末尾に次のとおり付加する。

「特に、本件事件数割会費の適用事件数を把握する制度については、被控訴人会則九三条一項において、被控訴人会長に対し、会員に対する会長の報告徴収権、指示・指導権、同条二項において、会員に対する業務調査権を付与している上、各会員が法定義務を負っていることになる前記業務報告及び取扱事件明細表(甲一四)の形式による事件数割会費の適用事件及び報酬額の報告を主たる資料とし、このほか、毎年二月間、名古屋法務局の許可のもとに行う登記の申請書の調査を踏まえて、各会員の適用事件を把握する運用がなされていることに照らせば、控訴人の主張するように被控訴人が事件を把握する方法を持たないなどとは認められないし、目的、被控訴人と会員との関係からすれば、調査期間も右で十分である。」

10  同一〇九頁七行目「多額の」を「約二〇倍の」と改める。

11  同一一〇頁初行「六三六名」を「会員総数六三八名」と、同七行目「乙一〇号証の三」を「乙一〇号証の1」と、それぞれ改める。

12  同一一三頁八行目「六〇二万三八五〇円」を「六〇二万三八五〇円、平成一〇年度が五七六万一〇〇〇円」と改める。

二  結社の自由の侵害(当審における主張1)について

控訴人は、強制加入団体である被控訴人の目的、活動範囲は会員の職業倫理の確保と事務の改善進歩を図る点に限定すべきであって、本来各会員の自主的努力ですべき生活の安定、福祉は目的の範囲外の事柄であるから、共済制度の運営のために特別会費を支出することは、控訴人の結社しない自由(消極的結社の自由)を侵害する旨主張する。

しかし、前記(原判示)認定及び乙二九、三〇によれば、被控訴人は、司法書士の品位を保持し、その業務の改善進歩を図るため、会員の指導及び連絡に関する事務を行うものと定める司法書士法一四条二項に基づいて、会員の福祉の増進を図るため、共済の事業を行うこととし(被控訴人共済規定一条)、被控訴人共済規定細則(乙三〇)の定めるところに従って、会員に対し共済事業に参加することを義務付け、会員の拠出金、寄付金、出資金の管理運用によって生じた利益を共済の運営に充て、会員に対し、死亡給付金、交通障害給付金、交通入院給付金、会員期間に応じ最低三万円、最高一〇万円とする脱会給付金、一〇万円以内の傷病見舞金、同額以内の災害見舞金を給付することを定めていること、本件特別会費及び事件数割会費の中から共済制度の運営のため支出される金額も、平成二年度の約二〇パーセントを除き、平成三年度以降平成八年度までは例年一四パーセント前後に止まっていること、このほか、一〇〇万円の限度で会員に対する融資制度を設けていること、被控訴人共済規定を改正するには、会則第三七条の定めに基づく総会の決議を要することとし(被控訴人共済規定第一二条)、又、被控訴人の会長において毎年度の特別会計の収支決算書を作成して理事会に諮り、監事の監査を経て、定時総会の承認を受けなければならないこと(被控訴人共済規定細則第一六条)、同細則を改定するためには、理事会の決議を得る必要があることを定めており(同第一七条)、恣意的な給付を許さない制度を設けていることが認められる。

右認定事実によれば、被控訴人の共済制度においては、社会的に相当な範囲内で各給付金を支給する内容になっており、会員の死亡又は不時の災害に備えて会員の生活を支え、これにより業務の公正さを保つことに繋がるものと認められるから、司法書士の品位を保持し、その業務の改善進歩を諮る司法書士会の目的に沿うものと認められ、本件特別会費及び本件事件数割会費の一部を共済制度の運営に充てることには合理性があるというべく、したがって、実質的には、会員の結社しない自由を侵害するものではなく、司法書士会としての自主的、自律的裁量の範囲内にあるものと認められる。よって、控訴人の右主張は採用できない。

三  その余の控訴人の当審における主張について

控訴人の主張は、要するに強制加入団体である被控訴人においては、会員に対し、現行の特別会費及び事件数割会費を負担させることは、その目的、適用事件の選択等手段及び結果から判断しても、実質的平等に反するものであり、公序良俗に反し、又憲法の法の下の平等に反し、無効であるというものである。

しかしながら、被控訴人における会費負担の平等な取扱の具体的な方法、内容のいかんは、強制加入団体である点を考慮に入れても、必ずしも頭割りによる均一の定額会費でなければ不平等であると解すべきものではなく、被控訴人の団体としての自治の範囲内において、被控訴人及び会員の業務の内容、性質、会費の徴収目的、徴収方法・程度、会費の使途その他の事情を考慮して、会費徴収目的、手段及び結果が合理的であって、実質的に平等と評価し得る会費の負担方法を定めることが許されると解すべきものである。そうすれば、司法書士の品位を保持し、その業務の改善進歩を図り、会員の指導及び連絡に関する事務を行う目的で設立された被控訴人を運営するための会費の負担について、設立目的に沿った被控訴人の業務活動によりもたらされる会員各自に対する各種便益の供与や、被控訴人の活動によって司法書士業務一般が円滑に確保され拡充されるという諸々の効果をも考慮したうえ、定額会費制度をとる弁護士会、税理士会、弁理士会の会員の各業務内容とを対比しても、司法書士の業務は取り扱った事件数によってその業務量を把握することもさして誤りがない面に主眼を置いて、被控訴人の会費の負担方法について、取扱事件数から推認できる業務量に着目し、これを基準にして一定部分の会費負担を定めることは、合理的で実質的に平等な方法と評価できること、そうして右特別会費、事件数割会費を制定した目的、右会費制定の手段及び結果の各点からの検討を経ても、なお前記会費の負担制度は未だ実質的平等に反する程度に至っているものとは認められないことは原判決説示のとおりであって、民法九〇条、憲法一四条に違反するものとは認められない。

四  結論

以上によれば、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、又、当審で拡張した請求も理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官笹本淳子 裁判官鏑木重明 裁判官戸田久は差し支えにつき、署名、捺印することができない。裁判長裁判官笹本淳子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例